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クラウトハイマーの建築図像学 [書誌情報]

 建築図像学は美学・美術史学の分野において「空間表象」の問題を扱うための方法論である。1942年、R. クラウトハイマーの論文「イントロダクション:中世建築の図像学」を起点とし、ドイツにおいてG. バントマン著 『意味の担い手としての中世建築』 (初版1951年, 第10版1994年)として結実した。しかし、後継者は極めて少なく、わが国では未だ翻訳も行われていない。

 リチャード・クラウトハイマーは次のように主張した。「ルネサンス以降、建築を商品・不動産・娯楽といった価値観ではかり、機能・構造・デザインといった術語を用いることが慣例化している。しかしながら、中世の建築を考える際には、これらの概念のみを当てはめることは妥当ではない。中世の教会建築において重視されるのは、象徴的意味内容symbolical significance、固有のデディケーションspecific dedication、宗教上の特定の目的specific religious purposeであり、中世の文献においてデザインや構造が強調されることはなかったのである。ただし、実用的機能、典礼上の機能に関しては常に考慮されていた。それは宗教上の意味内容の問題に繋がるからである。」(クラウトハイマー, 前掲論文の序文, 要約)

 建築図像学でこれまで扱われてきたテーマの一つに、ドームの象徴的意味の問題がある。ロマネスクの建築家・建築工匠たちは、構造上の危険があるにも関わらず、石造ヴォールトの架構を試みた。確かに、石造の天井によって耐火性が向上したことは事実である。だが、シュパイヤー大聖堂のように巨大な内部空間を有する建築の場合、内部からの延焼は記録されていない。むしろ、外部の火が、ヴォールトの上にある木造屋根に燃え移ったことにより、石造ヴォールトが崩落することが多かった。したがって、少なくともドイツでは、耐火性の問題はあまり重要とは言えないのである。では、ヴォールト崩落の危険を冒してまで、木造屋根から石造ヴォールトへの変更にこだわったのは何故であろうか。これは、聖遺物を主祭壇の周辺に安置し、バシリカ式聖堂の内部を王家や聖俗諸侯の墓所とすることが一般化したためだと考えられる。すなわち、盛期ロマネスクの石造ヴォールトは、天を象徴し、霊廟建築と意味上の関連性を有するものだと推察される。

 中世の人々は建築芸術に関する言説をほとんど残さなかった。そのため、中世建築における空間表象の問題は、文献学的なアプローチが困難である。したがって、既存の専門分野の垣根にとらわれず、一つの課題を総合的に検討し、最も妥当な答えを見出そうとする態度が求められる。だが、現実的な問題としては、主として工学の分野に属する建築史と人文科学としての美術史を並行して学ぶのは困難である。また、神学、歴史学等の成果も援用しなければならず、学術的な精度を保つためには、忍耐強く調査・研究を進めてゆかざるを得ない。


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